四国のおすすめ観光スポットをご紹介

海の向こうには九州。リアス式海岸を見下ろす絶景の峠<法華津峠/愛媛県西予市>

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複雑に入り組んだリアス式海岸の風光明媚さが国立公園に選ばれている「足摺宇和海国立公園(あしずりうわかいこくりつこうえん)」。その海岸線を見下ろすことができる絶景の峠があります。

国道56号旧道

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その場所の名前は「法華津峠(ほけつとうげ)」
県道45号宇和明浜線(うわあけはません)のこちらの地点から分岐して向かいます。奥の山の上、鉄塔がある辺りが法華津峠です。

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峠と隧道(ずいどう)の位置関係。
カーブが非常に多い道が前者へ向かう旧道で、車両が通行できるようになったのは明治23年(1890)の事。馬車道として整備されました。

後者の国道56号・法華津隧道(ほけつずいどう)は昭和45年(1970)の竣工。こちらの道は峠までは上がらず、長短10本のトンネルでほぼ直線的に貫いています。

画面には表示されていませんが、この区間は鉄道(JR予讃線・下宇和-伊予吉田)も国道56号と同じように長短トンネルが連続しています。

峠の白看板

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道は曲がりくねっているものの距離はそれほど長くはありません。
もう少し狭く荒れた道を想像していましたが、対向車が来た際の離合は概ね問題なく(※出会ったのは1台のみ)、路面はきれいに舗装し直されていて安心して通行することができます。峠へ難無く到着しました。

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こちらを見つけると嬉しくなります。

「白看板」
こと、旧型道路標識。個人的な趣味として、バイパスの開通等によって人々が通らなくなった旧道の探索を行うことがありますが、その目的はこちらの旧型標識探しと言っても過言ではありません。

今とは異なるフォント
経年劣化からくるノスタルジー
など

白看板はもう役目を終えているものと言っても良いので朽ち果てる一方。同じ場所に見に来ても劣化が進んで以前より判別が困難になっている場合や、落下すると危険だからでしょうか、「以前はこの場所にあったのに...」と撤去されていることも珍しくありません。今見つけて写真に収めておかなければいけないものの一つだと思っています。

峠の白看板・第二段

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白看板が残されている峠の切り通しを過ぎると、道が二又に分かれます。
ここで右折すると、林道を経由して西予市明浜町俵津(あけはまちょうたわらづ)方面へ行くことができます。

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この地点にも法華津峠を示す白看板が残されていました。先ほどの物と若干規格が異なるようで、

外枠がない
Pass→PASS
標高に単位「m」が付かない

規格が微妙に異なる点も、白看板探しの楽しみの一つです。

【白看板関連記事】
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法華津峠と山路こえて

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峠の白看板の地点から分岐せず真っ直ぐ進むと、ほどなくしてこちらの場所へ。

足摺宇和海国立公園を構成する一地点として整備された「法華津峠展望台」に到着です。

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絶景哉絶景哉。※哉=かな

石碑に記されている碑文には、

山路こえてひとりゆけど、主の手にすがれる身はやすけし

西村清雄(にしむらすがお/1871-1964)氏による創作讃美歌の一節が刻まれています。
明治36年(1903)2月。同氏は宇和島教会へ応援に出向いた帰路、峠道で日没を迎える。当時はまだ鉄道がなく、愛媛県内の移動は徒歩(もしくは船)で往来していた時代。南予から自宅がある松山へは法華津峠・鳥坂峠(とさかとうげ)等いくつも峠を越えなければならないが、心細さを紛らわせるために曲を作り歌を歌いながら歩いたところ、それらの山路を楽しみながら歩くことができた。

この時得ることができた悦びの体験が「山路をこえて」という讃美歌となり、今日も讃美歌404番として採用され多くの信徒らに親しまれています。

法華津峠はその起源となった場所であり、南予でしばしば見ることが出来るキリスト教文化がここ法華津峠でも、という点で興味深いところです。

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法華津峠の眺望

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遮るものが無い絶景の法華津峠ですが、見えている景色はこちらの通り。

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左の小さな島が嘉島(かしま)
奥の横長の島が日振島(ひぶりじま)
それらの島々の左側に僅かに顔を出しているのが戸島(とじま)
いずれも宇和島市の属する離島で、道の駅きさいや広場近くの宇和島港から行くことができます。

遥か奥にうっすら見えている山なみは九州。天気が良い日は大分県南部を法華津峠から見ることができます。

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更なる眺望を期待して、併設されている展望台へ上がってみることにします。

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こちら登り口の階段。ロープが張られているので施設自体が閉鎖されているのかと思いましたが、それは柵の横部分の補強で封鎖の意味合いではなさそう。
他にも色々と不安がある構造ですが、ドキドキしながら階段を登ることができます。

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展望台からの風景。山路こえての石碑を見下ろす形になりました。

展望台右に茂った木があって西側の九州方面の展望が制限されますが、手前の法華津湾の向こうに突き出た吉田の半島や、その向こうの三浦湾・三浦半島をより立体的に俯瞰(ふかん)することができます。

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吉田町側の峠道は災害通行止め

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法華津峠経由の道はかつての国道56号。登ってきた西予市宇和町側へ下りず、宇和島市吉田町方面へ抜けることにします。

峠の展望台を離れて現れたこちらの「急カーブ」標識。ポール・金属板を見るに旧規格のもの。白看板を見つけた時ほどのインパクトはありませんが、こちらも消え行くものとして貴重です。

が、この時点で峠を境に宇和町側と比べて道が整備されておらず、路面状況が怪しい点が気になります。

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やっぱり。

吉田町側の峠道は通行止めになっていました。

吉田と言えば、平成30年(2018)7月の西日本豪雨の被災地の一つ。斜面のミカン畑が山ごと流されるような甚大な被害が発生しました。管理の問題から需要が見込めない場所は通行止めの措置をとっているのでは、と思います。

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それよりもこちら。

宇和島市と合併する前の「吉田町」
「吉」の字の下棒が長い独特の字
など

通行止めに遭ったもののもう一つ白看板を見ることができたので、個人的には通り抜け以上の収穫がありました。

法華津峠展望台

< 自家用車 >
高松駅から 約3時間、222km
松山空港から 約1時間20分、80km

※ 主な地点からの最速・最短距離

この記事を書いた人

野瀬 章史
野瀬 章史/ゲストハウスそらうみ 四国八十八ヶ所霊場会公認先達 法名・照山の僧籍

四国高松でゲストハウスそらうみを運営する傍ら、四国八十八ヶ所霊場会公認先達として、お遍路さんの案内を務める。法名・照山(しょうざん)の僧籍も持つ。趣味はバイクツーリング、カヌー、登山、鉄道、料理など。日本の全離島・全地点を隅々まで回るべく、愛犬しょうとの日本一周旅の途上。