コトバスコラム

歩いて県境越えを実感できる古道・遍路道 < 松尾峠 / 高知県・愛媛県 >

松尾峠1

四国は四つの国から成るので 「四国」

阿波(あわ) = 徳島県
土佐(とさ) = 高知県
伊予(いよ) = 愛媛県
讃岐(さぬき) = 香川県

元々これらの國名で呼ばれていた地域が、紆余曲折を経て 現在の名称になったもの。
全国的に見れば 二つ三つの國を合併させて●●県となったり、県庁が置かれた都市から遠いという理由で隣県に合併させられた地域が 数多く存在する中で、かつての國の領域が ほぼそのまま踏襲されて現在の県域となっている地域は、全国的に見ても珍しい。

その県境の一つを訪ねてみることにします。

予土國境(よどくにざかい)・松尾峠

松尾峠2

松尾峠(高知県宿毛市 / 愛媛県愛南町)
この場所へは ふもとの山道が始まる場所から 高知・愛媛両県共に徒歩40~50分。高知県側がやや急峻。車で来ることはできません。手段は徒歩のみ。

現在の両者の往来は 国道56号が担っているため、この場所を通過するのは歩き遍路さんが殆ど。巡礼者が減る盛夏や真冬には 一日誰も通らない日だってあることでしょう。

松尾峠3

松尾大師
峠にある 弘法大師(空海)を祀る無人のお堂
往時は付近に茶店があり、季節によって大変賑わったことが 古い書物に記されています。お堂を借りて 一夜の宿とするお遍路さんもいたことでしょう。
現在もお堂を借りることはできますが... 色々と覚悟が必要な気がします...

松尾峠4

自然に生えていた桜の木を柱に お堂が近年修復されました。堂内には幹を護る囲いがあり、天井に貫通しています。

伊豫と土佐を分ける境界石

松尾峠5

松尾大師堂から十数メートル進んだところ

「従是西伊豫國宇和島藩支配地」

それに対峙するように、

松尾峠6

「従是東土佐國」

伊予側... 貞享4年(1687)
土佐側... 貞享5年(1688)

時は江戸時代、第五代将軍・徳川綱吉が治めていた期間。生類憐みの令が確立されていった時期。

中央から遠く離れた予土國境では、ひとまずの國境画定が行われたことを窺い知ることができる。

松尾峠7

伊豫・土佐 両國間では、歴史上 たびたび境界紛争が起きている。

海では 漁場を巡って島が分割されたり(=沖ノ島)、山では 霊場の帰属を巡って(=篠山) 時代時代で争われたことが記録されている。

伊達家率いる宇和島藩の力が上位の時代には伊豫國に有利な形となり、明治維新後の県境画定の際は 有力者を多数中央に輩出していた高知県(土佐國)に有利な条件となった。
その明治初年に行われた愛媛・高知の県境画定が 現在の両県の県境となっているが、現認方法は当時としては異例の 新政府官僚を現地に招いて両県知事の三者立会いの下行われている。

実はなかなかできない歩いて県境越え

松尾峠8

現在は お遍路さんが通る 「遍路道」 との認識が一般的な 松尾峠越え。

一般的な県界は 山の頂上であったり、川、海等、人間が行けない場所にあることが多い。それもそのはず、文化が隔絶されるから 隣の県、と考えると理に適う。また、今日は トンネル入って出たら という味気ない県界も多い。

なかなかできそうでできない 「歩いて県境越え」。それを肌で感じる 「境界石」。秘められた歴史からすれば 「古道歩き」 としての魅力も十分あります。

なお、四国の人たちと会話していると <阿波・土佐・伊予・讃岐> の呼称が今でもたびたび登場します。それぞれがどこの県か覚えておくと便利です。

松尾峠(松尾大師)

< 自家用車 >
高知龍馬空港から宿毛駅まで 約2時間40分、151km
< 鉄道 >
JR高松駅 - 土佐くろしお鉄道宿毛駅 約5時間10分

宿毛駅 - 松尾峠 徒歩約2時間
※ 主な地点からの最速・最短距離

この記事を書いた人

野瀬 章史
野瀬 章史/ゲストハウスそらうみ 四国八十八ヶ所霊場会公認先達 法名・照山の僧籍

四国高松でゲストハウスそらうみを運営する傍ら、四国八十八ヶ所霊場会公認先達として、お遍路さんの案内を務める。法名・照山(しょうざん)の僧籍も持つ。趣味はバイクツーリング、カヌー、登山、鉄道、料理など。日本の全離島・全地点を隅々まで回るべく、愛犬しょうとの日本一周旅の途上。