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築城の名手 藤堂高虎 最高傑作の海城 (今治城|愛媛県今治市)

愛媛県今治市。

この「今治」という名前。

あなたは正しく読めますか?





はい。答えは「いまばり」です。

『バリィさん』や『今治タオル』で有名になったので、正解者も多かったかな?笑

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でも、愛媛が地元の私。そんな私の祖父母は、今治のことを「いまはる」と呼んでいたんです。

果たして、なぜか?

...というのも実は、大正時代までは「今治」と命名されてはいたものの、「いまはり」「いまはる」「いまばる」など様々な呼び方があったんです!
なので、私も小さい頃は祖父母の影響を受けて、「今年はいまはるの学校が甲子園出場だよ!」なーんて会話をしていました。笑

なので、最初の問いに「いまはる」「いまばる」と答えた方。ある意味、正解です...!!!


では、なぜ 「今治」 という漢字が先行して、地名として定められていたのか?
それは日本100名城のひとつ、「今治城」に秘密があります。

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「今治城」は、築城の名手として名高い"藤堂高虎"が、1602年から約5年の歳月をかけて瀬戸内海に面した海岸に築いた大規模な平城です。

築城開始から2年遡ること、1600年。関ヶ原の戦い後に伊予国を授けられ、「これからこの地を治める」という意を込めて「今治」と命名したと伝えられています。
そのために、「今治」という漢字が先行だったんですね。


"藤堂高虎"は、現在の滋賀県生まれ。貧しい暮らしの中で大きく育ち、その身長はなんと約190cmの大男だったんだとか!
当時だとさぞかし周りが皆、小さく見えたことでしょう。

浅井長政、羽柴秀長(豊臣秀吉の弟)、豊臣秀吉など「一生涯に7回も主君を変えた戦国武将」として知られています。こうした経歴から「変節漢の不義理者」として侮蔑されることもあるようです...。
ただ、取り立てて血筋が良かったわけでもない中で、何度も恩賞をいただくような働きを繰り返し、時には先見の明を以て、将来性のある主君を見定めて選び、誠心誠意その時の主君を支え、生きる。
その姿を私は「柔の姿勢を持った『個の強さ』が素敵だなぁ」と感じます。

そんな高虎が最後の主君として選んだのは、徳川家康でした。家康の天下統一には高虎がいたから、ともいえるのかもしれませんね。
(やっぱり高虎の先見の明、凄い...笑)


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今治城は1602年(慶長7年)に築城されました。
築城当時は、三重の水堀(外堀・中堀・内堀)に囲まれており、堀にはすぐそばの海から、海水が流れ込んでいました。特に中堀の端は港湾になっており、今現在は「今治港」として利用されています。

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今治城が、高松城(香川県)や中津城(大分県)と並んで「日本三大水城」といわれるのも納得です。

現在も残っている内堀の幅は、50~70mもあり、弓矢の射程距離を上回る広さになっています。更には、石垣の高さ9~13mとなっており、これは、砂の上に立つ石垣としては驚異的な高さといえます。

ちなみに今でも、内堀には海水が流れ込んでいます。

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正面のお堀の右側に穴(?)があるのが分かりますか?
この穴から海水を引っ張ってきているのです。
ゆえに、潮の干満で堀の深さが変化したり、淡水魚と海水魚が一緒に泳ぐ姿が見られる、なんとも不思議で珍しいお堀になっています。そのうえ、お堀の底からは真水がしみだしているところもあって、メダカまで泳いでいるそう。まるで、お魚パラダイス!

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そんな内堀を過ぎ去り、土橋を渡って、いよいよ城の出入り口(虎口)へ向かうと、正面に大きな石が見えてきました!

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この石は「勘兵衛石(かんべえいし)」と呼ばれており、大きさ横約2.4m×横約4.6m×奥約0.6m。重さは約16.5t。今治城で一番大きな石です。城の目立つ場所に設置することで、城主の権威の大きさを誇示したと考えられています。

目の当たりにすると、本当に大きいです!


さて。
城に入ったならば、とりあえず天守へ!

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現在の天守は、本丸跡の北隅に1980年に再建された模擬天守(5層6階)で、内部は歴史資料館と自然科学館になっています。天守内は最上階以外撮影禁止なので、カメラは一旦仕舞って。のんびり展示品を見ながら、40分くらいかけて最上階を目指します(ちなみに、天守内は階段です)。

さぁ!天守最上階がやってきました!

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天守最上階からは、海潮の風を感じながら、瀬戸内海に浮かぶ多くの島々や、西日本最高峰の石鎚連峰を一望できます。うーん、贅沢。


そのほかにも、アクティビティとして、今治城内の櫓を巡る「櫓めぐりスタンプラリー」もありました! 指定された4か所のポイントでスタンプを集めると、綺麗なポストカード(2種)をもらえます♪

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スタンプラリー台紙1枚につき1枚のポストカードを貰えるので「2種類とも欲しい!」という方は2枚の台紙でスタンプを集めるのがおすすめです!!!


そして、城内を楽しんだ後のもう一つの贅沢。

それは、、、

城内に設けられている広大な広場のベンチで食べる駅弁なのだー!!

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青い空の下、ポカポカ暖かい日差しを浴びつつ。
ず~っと食べたかった今治名物!駅弁「鯛めし」をいただきます。

この鯛は今治のお母さんたちが手作業で骨取りをして身をほぐしてくれているんだとか。今治のお母さんたちに感謝しつつ、手と手を合わせていただきます!!!

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...ぅわ~、うんまーい!
シンプルで淡白なのに、しっかりとしたダシを感じる。味わい深い鯛らしさが全開。
更には付け合わせも美味...。最高。幸せだーッ!!!

しかも、この上品かつ満足感ある味で、お値段1,000円以下...。
今治のお母さんたちの手間暇かかっているのに、お値段1,000円以下...。
コスパ、良すぎます。

幸福を噛み締めつつ、完食。ごちそうさまでした!

※出したごみはちゃんとお家へ持って帰りましょう。
※駅弁は今治城に行く前にJR今治駅に立ち寄って、駅弁販売店二葉さんで購入しました(城内では販売されていません)。
※駅弁販売店二葉さんのサイトはコチラ→https://www.futaba-b.com/ (通販もあります!)



コトバスエクスプレスの降車場所となる「JR松山駅東 ホテルニューカジワラ横」から徒歩5分の「松山駅」へ向かう。JR予讃線 観音寺行に乗車し約65分「JR今治駅」で降車。JR今治駅から(2.1km程度)歩けば、「今治城」に到着しますよ。

※詳しい情報は外部サイトをご確認ください。

【今治城】
営業時間 09:00~17:00
定休日 12月29日~31日のみ(定休日なし)、その他展示替など、運営上必要なとき
サイト https://www.city.imabari.ehime.jp/museum/imabarijo/
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この記事を書いた人

コトバススタッフ
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