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硬い岩盤を削り開通した、村人を救った用水路 < 仰西渠 / 愛媛県久万高原町 >

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仰西渠(こうさいきょ) と読みます。
場所は松山から高知へ向かう途中の 久万高原町。江戸時代中期に作られた灌漑用の用水路は、現在も久万高原の田畑を潤す 貴重な水源となっています。

私財を投じて取り掛かった大工事

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時は江戸時代。
重い年貢を納めるために 水田を広げて米の収穫量を増やそうにも、久万の里を流れる川は土地の低いところを流れており、当時の技術では機械的な揚水は不可能。
最初は何十連もの樋(とい)を繋いで水を引き込んでいたが それらは洪水が起きるたびに流され、その費用と労力は 決して見過ごすことができないものだった。

その状況を見かねた山之内彦左衛門(後に出家して仰西)は、農民の救済のため 恒久的な水路の建造を画策。私財を投じて 自ら工事の指揮を執り、水路建設に取り掛かった。

ドリルやダイナマイトは無い時代。工事に当たった人夫たちは 鑿(のみ)と槌(つち)を手に持ち、硬い岩盤に立ち向かった。
効率良く岩を割るために 岩のそばで火を焚いて、焼けた岩に川から汲んだ冷たい水をかける手法が取られた。そうすることで 岩は温度差で割れ易くなり、掘削が容易になる。

また、当初 不足していた労働力は、砕いた岩一升と引き換えに米一升を与えることで確保。
お米(=食糧)を得ることができる事から、時にはお遍路さんも留まって 工事の人夫となる場合もあったという。

そうして三年の歳月を費やし 水路が完成したが、その頃には 山之内家の財産は 殆ど無くなっていたという。

現在の仰西渠

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現在の仰西渠は、周辺が遊歩道として整備され 散策が容易になった分、当時の面影が見れなくなった部分があります。

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それでも 暗渠(あんきょ)部分は当時掘削されたままの姿を見ることができる。

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久万川から分かれた水量豊富な上水は、完成から300年を過ぎた現在も 久万集落を潤す貴重な水源となっています。

仰西渠

< 自家用車 >
高松駅から 約2時間30分、177km
松山空港から 約50分、33km

※ 主な地点からの最速・最短距離

この記事を書いた人

野瀬 章史
野瀬 章史/ゲストハウスそらうみ 四国八十八ヶ所霊場会公認先達 法名・照山の僧籍

四国高松でゲストハウスそらうみを運営する傍ら、四国八十八ヶ所霊場会公認先達として、お遍路さんの案内を務める。法名・照山(しょうざん)の僧籍も持つ。趣味はバイクツーリング、カヌー、登山、鉄道、料理など。日本の全離島・全地点を隅々まで回るべく、愛犬しょうとの日本一周旅の途上。